【25-053】微生物はなぜ「自己犠牲行為」をするのか そのメカニズムを解明
羅雲鵬(科技日報記者)、趙梓杉(科技日報通信員) 2025年06月18日
ミツバチにとって「命を引き換えにした防御行動」は生存戦略の一つだ。働き蜂の毒針には「かえし」が付いており、人間などの皮膚に刺さると容易には抜けない。無理に引き抜いて飛び去ろうとすると、自らの内臓が引き裂かれ、死に至る。だが、この際に警報フェロモンを放出することで、周囲の仲間を素早く呼び集めることができ、刺された人の皮膚に残された毒液は他のミツバチの攻撃性を高める役割を果たす。
働き蜂の個体としての命は失われるものの、その行動は巣全体の安全を守る上で効果的である。このような「自己犠牲行為」は生物界には広く存在する。しかし、生物の進化過程においては、一つの謎が常に存在してきた。それは、これらの個体が生き残って子孫を残すことができないのであれば、関連する遺伝子も次第に消失するはずではないか、というものだ。では、この行為は自然選択の過程でなぜ淘汰されず、存続してきたのだろうか。
中国科学院深圳先進技術研究院の定量合成生物学全国重点実験室に所属する黄術強研究員と傅雄飛研究員のチームがこのほど、定量合成生物学の手法を用いて、微生物がストレス環境下で自己犠牲によって群れの生存を確保するメカニズムを明らかにした。関連成果は国際学術誌「The ISME Journal」に掲載された。
研究チームは合成生物学の技術に基づき、これまでに構築された自己犠牲の特性を持つ「犠牲者菌株」に加え、自己犠牲の特性を持たず、抗生物質分解タンパクも産生できない「裏切り菌株」を新たに構築した。
「犠牲者菌株」は細胞溶解タンパク質を内部に備えており、外部からの刺激を受けると細胞が分裂してβ-ラクタマーゼを放出することにより、抗生物質を標的分解し、環境ストレスを軽減する。「犠牲者菌株」は死に至るが、その酵素分解作用によって集団全体の生存率が向上する。このことは、微生物群の中で、環境ストレスに応じて調節される利他的行為が、集団に顕著な進化的優位性をもたらすことを示している。
では、このような極端な行動様式が種の進化過程でなぜ存続してきたのだろうか。
理論研究によると、強い分散環境、すなわち微生物が1~2個体だけの極小単位に分かれて存在する状況下では、環境ストレスが増したり外敵に襲われたりすると、「犠牲者菌株」は自発的に死滅し、抗生物質を分解する「公共財」を放出することで、集団全体の生存率を高める。一方、「裏切り菌株」は個体としての貢献がないため、集団全体が徐々に淘汰されていく。その結果、自己犠牲の行動を取る個体が多数残り、犠牲に関わる遺伝子が安定して受け継がれていくことになる。研究によると、環境ストレスが大きいほど、この自己犠牲行為によって生き延びられる効果が顕著になることも明らかになった。
ただし、理論的には強い分散環境下で自己犠牲行動が維持・進化できると示されていても、実験による検証には依然として多くの課題がある。最大の難点は、進化の過程を忠実に再現できる安定した実験プロトコルを構築することにある。
研究チームは、構築した合成生物学システムによって「犠牲者菌株」と「裏切り菌株」をそれぞれシミュレーションし、従来の手作業を機械操作に切り替えた。異なる体積の菌液を384ウェルプレートの各孔に正確に分注し、高スループットで標準化・自動化された装置によって、煩雑な手作業の実験を効率化し、この課題を克服した。
実験結果から、分散の強さと選択ストレスの両方が自己犠牲行動に影響することが示された。分散の弱い環境では「裏切り菌株」の進化が有利になるのに対し、分散の強い環境では「犠牲者菌株」の進化がより促進される。この効果は環境ストレスの増大とともに指数関数的に強まることも確認された。
本研究は、複雑な進化現象を解明する上で、定量的合成生物学が大きな可能性を持つことを示した。得られた成果は、自然界における極端な利他行動の進化的メカニズムを読み解く手がかりとなるだけでなく、バイオフィルムの制御や抗生物質耐性の克服といった応用分野にも、新たな理論的基盤を提供する可能性がある。
※本稿は、科技日報「我科研团队揭秘微生物"自我牺牲"行为」(2025年5月28日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。