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【25-047】オープンソースは中国の大学でどう教えられているか? 学生開発者急増の背景

2025年06月04日

高須 正和

高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

略歴:コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac

 中国では大学生のオープンソース開発参加が急速に増加している。2024年の調査では、学生開発者の30%がGoogle Summer of Code(GSoC)やOpen Source Summer Program(OSPP)のようなプログラムに参加。その背景には、大学の授業への導入や産官学連携の強化がある。

 中国オープンソースアライアンス(開源社)は5月18日、中国オープンソース年度報告(2024年度版)をGithub上で公開した。レポートでは、産官学を連携させ、国を挙げてオープンソースの利活用を推進している中国社会の進歩が見られた。世界的な影響力について紹介した前回に続き、今回は大学を中心にした、教育でのオープンソースの利活用について紹介する(リンク)。

自発的なワークショップにより、大学生のオープンソース利活用が進む

 年齢別アンケートの回答を見ると、20歳以下/21~25歳/26~30歳の合計で60%を超えている。最も多いのは21~25歳の26.2%で、全体の4分の1を占める。職業別だと36.3%を学生、さらに10.3%を学術研究員が占めているため、おそらくアンケート回答の半分程度を大学生・修士課程学生が占めていると推測できる。

 同報告では大学生に絞ったアンケートも行われており、学生開発者の30%がOSPPやGSoCなどのワークショップに参加していることが分かった。オープンソースの普及活動に、こうしたワークショップが効果を挙げていることが伺える。

 GSoCはGoogleが全体の運営(資金提供・ルール策定)を行い、技術的なワークショップは各参加組織(Apache、GNOMEなど)が自主的に実施。中国の大学コミュニティが中国語で勉強会を開くケースもある(GSoC公式サイト)。Google主催なので英語でコンテンツが提供されるプログラムが多く、選考は全て英語なので事実上英語が必須だが、中国の大学でのワークショップや、中国で開発が盛んなオープンソースソフトなどでは、コミュニティが中国語版のコンテンツを用意しているものも多い。

 OSPPは中国科学院軟件研究所が中心となり、OpenAtom FoundationやHuaweiなどの企業が協賛。中国語圏のOSSプロジェクト(RT-Thread、TiDBなど)が課題を提供する。中国のオープンソースファウンデーションであるOpenAtom Foundationほか、さまざまな企業や公的機関、オープンソース技術をベースにした技術企業などが参加し、自社のオープンソース技術をもとにした教材やプログラムを学生らやソフトウェアコミュニティに提供している。こちらはほとんどが中国語のプログラムで、対象もRT-Thread(組み込みOS)、Deepin(Linuxディストリビューション)、TiDB(データベース)など、中国発や中国で広く使われているオープンソースプロジェクトが多い。

 両者の違いをまとめるとこうなる。

項目 GSoC OSSP(开源之夏)
言語 英語必須 中国語推奨(英語可のプロジェクトもあり)
報酬 1500~3300ドル 8000~12000人民元(約1100~1700ドル)
プロジェクト例 Apache, GNOME, Python RT-Thread, Deepin, TiDB
メリット 国際的な経験・就職に有利 中国テック業界への近道
難易度 高(競争率が高い) 中(GSoCより参加しやすい)

 この2つのプログラムは言語の違いはあれど、対立しているわけではない。中国から開発が始まり、その後、国際的なApache FoundationなどでインキュベートされたApache EChartsやApache DubboなどはGSoC、OSPPの両方にプログラムを提供している。言語の壁と、オープンソース手法の開発により自然に行われる国際化が両方表れている興味深い例といえる。

産官学の連携により若い技術者が多く育ち、男女比も改善

 筆者が中国オープンソース年度報告の和訳を始めた2020年度版(リンク)と今回の2024年版を比べると、20歳未満が大きく増加し、2020年度版では男性84%と大きく偏っていた開発者の男女比が、2024年では71%と、かなり改善してきている様子が見られる。

 もともと中国のオープンソース界は学生の貢献が多く、だからこそGSoCやOSPPのような自発的なワークショップが盛り上がる下地があったといえる。一方で自発性だけではコミュニティが固定化してしまう懸念があるところに、授業などの必修があることで、男女比のバランスを保つことなどに成功しているようだ。

中国経済の減速とコンピュータサイエンス、オープンソース

 では、なぜ中国の大学生はオープンソース開発に熱心なのか? その背景には、政府の支援だけでなく、就職市場での優位性がある。

 中国経済の減速により、さまざまな企業が採用を絞る中、相対的には引き続き好調なコンピュータサイエンス・AI・ロボットなどの産業に学生の人気がますます集まっている。また、中国政府のオープンソース支援は、公的機関である大学でのオープンソース開発支援の充実につながっている。自発的なワークショップの参加だけでなく、今回アンケートに答えた大学生のうち21.4%は、大学で正式にオープンソース関連の講義や履修項目があると答えている。学内でサーバやコードホスティングプラットフォームを提供している大学も多い。個人がオープンソース技術を使ってプログラムを書くだけでなく、プロジェクトの公開やオープンソースコミュニティへの参加、さらにはファウンデーションの役割など、オープンソースのエコシステム全体について講座を設けている大学も存在する。

 今回のアンケートでは、全体の22%が「オープンソースのプログラムを利活用しはじめて1年以内」と答えている。毎年多くの人数が、大学をきっかけに初めてオープンソース開発の世界に触れていることは、今後ますます利用者が拡大していくことを意味している。技術開発力や新しいエンジニアの増加は国力そのものと言える。オープンソース技術に社会全体で取り組むことで、教育面を含めた成果が上がっている状況は、さまざまな国が大いに参考にすべきではないだろうか。


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