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【25-039】中国オープンソース年度報告2024が発行 社会のオープンソース推進が明らかに

2025年05月21日

高須 正和

高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

略歴:コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac

中国最大のオープンソース団体「開源社」の報告書、日本語版も発行

 中国のオープンソース事情を知るうえで、避けて通れない存在が「開源社(Kaiyuanshe)」だ。2014年に設立されたこの非営利組織は、中国国内の開発者、企業、教育機関、行政など様々な立場の人間がメンバーとして集まり、それぞれをつなげる橋渡し役として、オープンソースの普及と国際協力を担ってきた。筆者も2020年から正式メンバーとして、選挙を経て加入している。

 開源社の活動としては、中国オープンソース界全体をまとめるオープンソース大会の開催と、オープンソース年度報告書の発行がある。これまでもScience Portal Chinaでは大会やレポートのトピックを紹介してきた。

企業とコミュニティの距離は縮まるか? 成都で中国オープンソース年次総会

 2024年度もオープンソース年度報告書が発表され、筆者が共同創業者であるニコ技深圳コミュニティが中心となって、日本語版も追加された(リンク)。

指標OpenRankの導入で、オープンソースプロジェクトを社会的に評価

 オープンソースプロジェクトは数多くあるが、様々な評価項目があり、それぞれを比べるのは難しい。今年の報告書では、上海師範大学のX-Labが中心となり、OpenRankという仕組みが導入された。これはプロジェクトの開発にどれだけ幅広い人が参加しているか、また企業やオープンソース・ファウンデーションなどの組織に集約して、それぞれがどのような活動を行い、どう支持されているかを共通の基準で比較するものだ。学術界が中心になって開発したこのランキングシステムは、中国の政府組織である中国標準化研究院や情報通信研究院などによるオープンソースプロジェクトの評価や、それらの組織が発行する白書、企業がオープンソースの普及活動を行うオープンソース戦略オフィスの評価指標などで使われている。

 プロジェクトの枠を超えて、外部からオープンソースプロジェクトがどのように広く開発され、支持されているかを測ることは、大企業や政府からのオープンソースへの後押しにも大きく作用する。また、評価指標の開発が大学を中心とした組織で、仕組みそのものも公開のGithub上で行われている進め方も評価に値し、中国らしいオープンソース界への貢献といえそうだ。

中国国内限定のオープンソース環境はまだ限定的

 OpenRankで共通の指標によって評価することで、Giteeのような中国限定のリポジトリが、世界的なGitHubに比べるとせいぜい10%程度の影響力しか持てていないことと、それでも2019年と比べて10倍近く成長していることなどが可視化されている。同レポートでは新型コロナの時期にリモートワークなどによりGithubの成長が加速し、その後は鈍化していることや、Giteeの利用者の多くがコメント機能の利用でありプログラムの改修を示すマージがGithubに比べて少ないことなどを、特に中国製プラットフォームにおもねることなく正直に伝えている。こうした正確な現状認識は、戦略を立てる上で必須となる。

 レポートを見た上での筆者の推測だが、Giteeは中国で大学の課題などで使われることが多く、利用傾向にそれが反映されていることから、開発者中心のGithubに比べると、開発者の間での影響力は規模よりさらに割り引いて考える必要がある。

 また、Github上での開発者は、アメリカ(43万5202人)、インド(25万2054人)に比べて中国は18万4095人と少なく、人口の割にエンジニア育成が進んでいないこともレポートに表れている。

中国社会全体のオープンソースへの取り組みがさらに明確化

 OpenRankの導入により、様々なオープンソースプロジェクトを企業ごとに集約して比較することが可能になり、Huaweiが世界2位かつここ数年の成長が最も大きい企業として、オープンソースへの投資に大きく舵を切っていることが可視化された。Alibaba(8位)/Ant group(13位)の合算と並び、Microsoft(1位)、Google(3位)、Amazon(4位)、Meta(5位)と並ぶ規模の、多様で活発なオープンソースプロジェクトを抱えている。

 世界トップ30のランキングには入らないが、中国国内ランキングではTencent、Baidu、ByteDance、JDなどの様々な中国テック企業もオープンソースプロジェクトへの取り組みを進めていることが結果に表れており、ここ2~3年の新興企業も多く、中国の産業界が全体的にオープンソースに多くの投資をしていることが表れている。

IoT用半導体のEspressif Technologyがランクイン

 ここ10年の中国企業によるOpenRankトップ10を比較した時、日本でも広く使われているIoT用半導体のEspressif Technology社が8位にランクインしていることは注目すべきだ。同社は企業戦略としてtoDtoB(to Developer to Business、開発者に好んで使ってもらう製品の開発が、最終的に産業での利用を生む)をスローガンに掲げ、開発者を助けるドキュメントの充実やミドルウェア、開発環境の充実とオープンソース化・国際化に大きく投資しており、それが日本を含めた海外での支持につながっている。HuaweiやAlibabaなどに比べるとはるかに小さな会社だが、そうした企業でもオープンソースに投資することで、世界的に成功できるという結果は、中国社会全体の注目を集め、他の半導体企業にも波及しそうだ。

 こうした事例には、日本企業や日本政府の戦略で参考にすべき多くのヒントがある。


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