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図書紹介 『科学をめざす君たちへ:変革と越境のための新たな教養』
神里 達博
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2017 年 60 巻 6 号 p. 453

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書誌情報

  • 『科学をめざす君たちへ:変革と越境のための新たな教養』
  • 科学技術振興機構 研究開発戦略センター編
  • 慶應義塾大学出版会,2017年,四六版,396p.,1,500円(税別)
  • ISBN 978-4-7664-2403-4

現代社会を生きる私たちは,誰もが「専門家」である。なぜなら,「近代」というプロジェクトはそもそも,「それぞれの人間が得意な仕事を,それぞれ分担して行う」という原理で推し進められてきたからだ。各自が高い専門性を備えることにより,全体としてのパフォーマンスを急速に高めていくというこの戦略は,間違いなく優れていた。その証拠に,私たちはこのとおり,人類史上,かつてない豊かさを手にしている。

だが周知のとおり,それは深刻な「タコツボ化」をもたらした。英語では,同じことを「サイロ」と呼ぶそうだが,私たちは,それぞれのタコツボないしサイロにこもり,当面,自分の役割に関係ないことについては,無視するようになった。短期的には,あるいは局所的には,それでも仕事は成り立つ。しかし,まったく新しいものを生み出そうとしたり,外的な条件が変化したりすると,途端にシステムは不安定になり,時には立ち往生してしまう。

とりわけ,いわゆる「知識社会」となった先進国が,この問題の深刻さに直面している。タコツボ化の進展は,あらゆる意味で「分断」を加速し,国家や企業,家族や民族,さまざまなカテゴリーにおいて,問題は拡大しているといえるだろう。

特に東日本大震災を経験した私たちは,「専門主義の陥穽(かんせい)」というべきものの深刻さを体感した。震災後の各種の困難を思い出してみれば,問題が根深く,一朝一夕には解決しないことはおのずとわかる。同時に,このままでよいとは誰も思っていないだろう。

本書は,そのような問題意識を抱く人々に対しても,多様な視点から,理論的かつ実際的なヒントを与えてくれる。題名だけをみると「理系の学生向けの教養本」にみえるかもしれないが,それは「科学」の意味を狭くとらえすぎだ。そこでは,驚くほど幅広い分野から集められた,十数人の当代一流の碩学(せきがく)が,各自の専門分野から出発しつつも,分断された知と知を再びつなぎ合わそうとする,真摯(しんし)な姿をみせてくれる。平易な言葉を使いながらも,根本的な問題から決して逃げない態度には,私は何度か静かな感動を覚えた。

もう一つ感心させられたのは,その構成である。普通,この種の講演集は,各講演者の個性が強すぎて,一つひとつは刺激的であっても,全体としての印象がバラバラになることが多い。しかし本書は,編者の適切な問題意識と人選によってであろう,首尾一貫した読後感が得られるものに仕上がっている。まさに「分断」を乗り越えるという難題を,本書自身が克服しようとしているのだ。

副題に「新たな教養」という言葉があるのは,「知性の分断」を乗り越えることこそが,教養の本質であるという理念の反映だろう。メタ知性としての,本来の意味での教養の復権は,このような時代だからこそ,何度でも強調すべきことである。

とにかく各章のトピックは具体的かつ奥行きが深いのだが,全体としては有機的につながっているので,読みやすい。また,本質的にはかなりシリアスな問題を内在するテーマであるはずなのだが,各章を読み終えると,不思議と元気が出てくる。

特に若い読者にお薦めしたい。

(千葉大学国際教養学部 神里達博)

 
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