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これからヒーロー!Vol.06

寄生バチは悪い?悪くない?の巻/島田裕子さん(筑波大学)

#生物#医療・医学#地球

裁判所に連れてこられた猫田。争っていたのはなんとハエとハチ!
原告はショウジョウ バエ美(キイロショウジョウバエ)、被告はアソバラ バチ代(ニホンアソバラコマユバチ)。バチ代がバエ美の幼虫に無断で卵を産み付け、寄生させたという衝撃の事件――。
ニホンアソバラコマユバチは、他の生物に依存して、栄養やエネルギーを得ながら生きる「寄生バチ」。「カイゴロシ型寄生」と名付けられた、恐ろしくも巧妙な生存戦略の手口や、その戦略を成功させる独特な毒の存在が次々と明らかになるなか、その先に見えたのは意外にもある愛の形だった・・。
キイロショウジョウバエの成虫原基を溶かして、ニホンアソバラコマユバチの寄生を高確率で成功に導く2種類の毒遺伝子とは。その正体を突き止めた研究を紹介。

研究者名:島田 裕子(筑波大学 生存ダイナミクス研究センター 准教授)

【アフタートーク with猫田】

ゲスト
ショウジョウ バエ美:ニホンアソバラコマユバチに寄生されるキイロショウジョウバエ一族のメス。
アソバラ バチ代:寄生蜂ニホンアソバラコマユバチ一族のメス。

~「飼い殺し型寄生」は“悪”?~
ワン:バエ美さん、バチ代さん、「カイゴロシ型寄生」裁判で大変なところ、そろってアフタートークに来てくれてありがとう。

バエ美:こんにちは、ワンさん、猫田さん。呼ばれたのでとりあえず来てみましたけど、何のご用かしら?バチ代さんとはご一緒したくないのだけれど。

猫田:うんうん、バエ美さんの気持ちはよく分かるよ。ニホンアソバラコマユバチに寄生されて、さんざん栄養を吸い取られたあげく、最後は全部食べられてしまうんだもん。話を聞いて僕も震え上がったよ。

ワン:そうよね。キイロショウジョウバエの幼虫に産み付けられたニホンアソバラコマユバチの卵は、幼虫に孵化(ふか)し、ハエの幼虫の栄養を横取りしながらすくすくと成長していく。そして、ハエがサナギになったタイミングで内側からむさぼり尽くして、自分が成虫として出てくる・・・。

猫田:ひえ~、なんて恐ろしい。

ワン:そうね。確かに、それだけ聞くと、ニホンアソバラコマユバチによる極悪非道な振る舞いに見えるわね。でも、これも生物の自然の営み、進化の一過程と考えれば、どちらが悪いという話ではないのかもしれないわ。

バエ美:わたしだって、あちらにはあちらの事情があるということは分かっています。でもね、そう簡単にわりきれるものではありませんよ。考えてみてくださいよ、可愛い我が子が生まれてくると思って楽しみに待っていたら、出てきたのは見ず知らずのハチの子ですよ。うちのバエ太は、バエ太は、・・・わあっ(涙)。

バチ代:ごめんなさいね、バエ美さん。ワタクシも悪気はないのよ。ただ、ワタクシたちの一族はずっとこうして子孫を残してきたの。だから、子どものために自然にそうしてしまうだけなのよ。

ワン:寄生する側、される側で立場は逆でも、子を思う母の愛情は同じなのよね。あなたたちを研究している筑波大学の島田裕子さんも、「どちらが良い悪いということではなく、少しでも我が子の生存率を上げるために、虫たちはいろいろと努力している」と言っていたわ。

~寄生成功の鍵は「毒」~
猫田:島田さんによると、寄生蜂は、宿主の体を巧妙に乗っ取るために、毒の成分や分子機構を進化させてきたそうだね。

ワン:そうなのよ。寄生を成功させる決め手は“毒”。ニホンアソバラコマユバチのお母さんがキイロショウジョウバエの幼虫に卵を産み付けるとき、一緒に毒成分を注入するのだけれど、それが、成虫原基と呼ばれる、将来ハエの翅(はね)や肢(あし)や触角になるような組織を溶かしてしまうの。ハエの成虫原基は、ハチの子の成長には必要ないものね。

バチ代:あのー、1つ付け加えさせていただいてよろしいでしょうか。ワタクシたちの毒は、成虫原基を溶かす一方で、ハエの幼虫が成長するのに必要な組織、例えば神経系や筋肉、脱皮や変態に必要なホルモンの合成器官などは残しておきますの。だって宿主を生かしておかないと、ワタクシたちの卵ちゃんが成長するのに必要な栄養が横取りできませんから。うふふ。

猫田:なんかコワッ。ハチの卵が栄養を摂取できるように宿主を生かしておきながら、その一方でいらない組織は毒を使って溶かしてしまうとは。怖いくらい完璧な手口!

バチ代:まあ、褒められてしまったわ。お恥ずかしい。

猫田:褒めてないけど・・・。

バエ美:なんだかハチばかり持ち上げられているようで面白くないわ。言っておきますけど、もともと島田さんは、ハチではなく、わたしたちショウジョウバエの研究者なんですからね。わたしたちが、光や温度や栄養といった外環境に応じてホルモン合成を調節する賢いところに魅力を感じているのよ。わたしたちをずっと研究してきたからこそ、寄生されたハエの幼虫の体から成虫原基がなくなっていることを発見できたのよ。

ワン:そうなのよね。島田さんは解剖が好きで、解剖して一通り全部の組織を見てみるということを習慣にしていたそうなの。

猫田:島田さんのお気に入り原基は翅だって言ってたね。

ワン:そうなの。そこで、ニホンアソバラコマユバチの毒に感染させたキイロショウジョウバエの幼虫を解剖してみたところ、島田さんお気に入りの“翅の原基”が見当たらないことに気付いたそう。島田さんは、「解剖に失敗したのかな」と思い、もう一度解剖してみたけれどやっぱり見つけられなかった。そこで、さらによく観察してみると、成虫原基が小さく縮んでしまってしていることを発見したそう。

猫田:島田さんが解剖好きだったからこその大発見だね。

ワン:島田さんは「世界でまだだれも知らないことをわたしだけが知っている」ということに興奮して、ピンセットを持つ手がブルブル震え出したそうよ。

猫田:すごいなあ。研究者が一番ワクワクする瞬間なんだろうなあ。

~毒遺伝子の特定から細胞死誘導のメカニズム解明へ~
ワン:そこから島田さんと研究グループは、ニホンアソバラコマユバチの全ゲノム配列を解読して、毒成分に関連するおよそ12,000もの遺伝子の中から、2つの毒遺伝子を特定したの。今後は、それらの毒遺伝子の機能がどうやって成虫原基だけで細胞死を誘導して溶かしてしまうのか、そのメカニズムを解明していきたいそうよ。

バチ代:ワタクシたち寄生蜂の毒は、特定の昆虫にしか効きません。ということは、人間にとっては安全な毒だということなのです。ですから、島田さんのご研究が進めば、寄生蜂の毒は、特定の昆虫だけを駆除する人間に害のない天然の農薬としてお役に立てるかもしれません。

猫田:なるほど。そんな応用が考えられるのか。

ワン:それだけじゃないのよ。ニホンアソバラコマユバチの毒は、上皮組織である成虫原基を溶かす一方で、神経組織には作用しないの。なぜ、上皮組織だけに作用するのか、その性質がどうやって決まってるのかを解明できれば、そのメカニズムを人間の組織にも応用できるのではないかと考えているそうよ。例えば、上皮のがん細胞だけを標的にするけれども、神経系には全く影響がないというような薬剤を作ることができる可能性もあるそうよ。

猫田:人間の医療にも応用できる可能性を秘めているとは驚きだ。バエ美さん、バチ代さん、小さな虫たちがこんなすばらしい力を持っているなんて全然知らなかったよ。君たちを見る目がすっかり変わったよ。

ワン:虫たちは、わたしたちが思う以上に賢くて、視覚や嗅覚を駆使して戦略的に生きているそうよ。わたしたちが知らないだけで、虫から学ぶことはたくさんあるんだと知ったわ。

バエ美 & バチ代:そんなに褒められると照れくさいけど、わたしたちがみなさんのお役に立てるかもしれないと思うと、なんだかうれしいわ。

ワン:島田さんは、どんなに研究が大変でも「知りたい、明らかにしたいという思いに突き動かされる」と言っていたわ。これからも、小さな虫たちの世界に向き合いながら、人類の未来を明るくするための研究を頑張ってほしいわ。応援しているわ!


企画・制作:科学技術振興機構(JST)
アドバイザー:村松 秀(近畿大学 総合社会学部 教授)、早岡 英介(羽衣国際大学 現代社会学部 教授)